この記事はおそらく日経の(あるいは記者の)告発なんだろう。

学問としては科学的管理法というものがあり、そこでは作業を効率を高めるため、人間を機械のように例えて、その動きを要素に分割し、その所要時間を測ったりして無駄を無くそうとしていく。こういうことを考えること、その改善アイデアを出すことは大して難しいことではないが、普通は倫理が邪魔をしてそれを表現できないし、実行もできない。これは金儲けなどにもあてはまる。だからこの倫理を超えるにはなんらかの精神的飛躍が必要になると思う。

科学的管理法をつくったテーラーはクエーカーの家系である。クエーカーはプロテスタントの中でも特殊で聖書でさえ重要視せず、神との直接向き合う。ピュアである。現実を見ない。歴史を見ない。そのため、敵になると怖いし味方になると頼もしい。中途半端は駄目。白黒はっきり。こんな感じだろうか?

「地球が滅びる」これは中途半端には対応できない。拒否を決めるか、それと一体となるしかないと思う。しかしそれを信じることに決めてしまえば、それはそれである種の美的感覚の中で動くとことができると思われる。

ただ拒否を決め込むと大変だ。これを拒否する学問的土壌がない。だから偉い人は話題にできないし、ブログとか論壇とかマスコミとかもスルーするだろう。頑張って人権とか人道とか障害者考慮とかしか出てこない。その結果精神を病む。だから個人としてはあらかじめ態度を決めておくしかないが、どこへ行くにしろ先の見えない道だ。

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