池田信夫氏のノンワーキングリッチを読んで感想文。

先日の秋葉原事件の犯人も、年収は200万円というから、韓国の一人あたりGDPぐらいで、絶対的基準でみれば「プア」とはいえない。

このような言い方をするひとがたくさんいる。しかし、まず、日本人は韓国人でもインド人でもないし、彼らがどのような意識をもって日々暮らしているのか知ることもできない。多くの日本人が知っているのは自分が生きていた時代であり、意識(無意識?)の対象はここと比較することが多い。他国と比べたらまだまし、という言葉は論理的にはそのとおりでも、以前と比べたらましじゃない、とうことを言外に含んでおり、モチベーションという点からは人間の意識にプラスの効果をもたらすことはないと思われる。

ブルーカラーの待遇は労働需給の従属変数なので、それ自体を「是正」することは無意味だ。

まず労働を需要と供給だけで考えるのは十分ではない。労働者はどんなに安くなっても、それで生きていけるなら、それを売るしかない。いや、いま思った。労働のダンピングが行われたのだと。えらい人たちが集まって、少しづつ賃金さげようよ、みたいな話し合いが行われたんだと。みんなで下げれば怖くない。と思って探してみたらやっぱりこんな本が出ていた。内容はもう少し社会的なようだがいずれにしろ労働を需要と供給で決まるなんてのは嘘だ。

問題はワーキング・プアではなく、その裏側にいる中高年のノンワーキング・リッチである。

まるで中高年が若者から賃金を奪っているような書き方だが、中高年の賃金を下げたところでそれが若者に行く保障なんてなにもない。企業は競争しているわけだから、その分をまず利潤に組み込んで企業価値を高めようとするだろう。でなければ競争に負けてしまうわけだから。

池田氏の考え方が新自由主義なのか知らないが、こういう主張をする人たちには決定的に欠けている点があると常に感じる。それが何なのか?核心はまだつかめない。

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