麻生総理が踏襲を”ふしゅう”と読んだとしてプチ祭りになっている。踏襲が読めないといってもそれをもって麻生総理を馬鹿呼ばわりしててもおもしろくない。誰しも読めない漢字くらいある。だがちょっと待ってほしい。麻生総理は本当に間違えたのか?

詳しくは参議院のインターネット審議の2008年10月15日予算委員会のページの福島瑞穂のところの24:20あたりで見れる。

福島:慰安婦の問題に関する河野長官談話、日本軍の強制性を認めた談話を踏襲されますか?
麻生:いまご質問のありました慰安婦問題につきましては政府の基本的立場というものは現在も平成5年8月4日の河野官房長官談話を俯就するというものであります。
福島:・・・瑞穂の国の農業再生プラン

【俯就】フシュウ
自分の主義や主張などをむりにかえて他人に従うこと。〔礼記〕
自分より身分の低い者の意見に従うこと。〔元史〕
-漢字源より-

というわけで、麻生総理はこれでがんってほしい、しかし政府の基本立場が、「他人に従う」とかではやはりまずいかもしれない。でも麻生のことだ、経営者的視点でどうにかしてくれるだろう。

ところで河野談話は以下のようなものだ。

今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

まずこの慰安という言葉が気持ち悪すぎる。女を性の相手としてしか見ない行為に対して慰安という言葉を与えられる精神性ってなんなのか?援助交際という言葉もあるが、これはむしろ言葉を感情面において価値中立的にしている感じだが、慰安婦とはなにか、慰安婦は男に慰安を与える存在で、男は慰安を得る存在。女が好き好んで慰安婦などやるはずがないのに、どうやって慰安を得ることができるのか?得ることができるとすればその理由は相手を力でねじ伏せたことによる優越感、それ以外には考えられない。

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