産経ニュースの記事外国人研修生の実態把握へ 厚労省が初の調査

外国人研修生については、いままでも多くの問題があったようだが(参考1、参考2)、主要マスコミを賑わすことが少なかったと思う。産経は外国人研修制度に批判的なようで、それは保守の考えから出てきたものと思われる。

つまり移民をいうことをどう考えるかの問題だ。欧米などでは個人の自由が尊重され、本人が希望するならばそれは認めるべき、という立場であると思う。以前でテレビで日本へ働きに行きたいといっていたインド人が、その理由を「日本に憧れているため」と言っていた。

私はこれを聞いたとき、どうにも歯がゆい気分になった。もし本当に日本に憧れているなら、自分の国を日本のようにすればいいだろ!って思ったからだ。しかしこうやって声を大にしていえない理由もある。いわゆるグローバル化とは誤解を恐れず言えばグローバル企業による世界支配の構図であり、そういう構図が進んでいくならまず彼に言うより、このグローバル化に対してそういわなければ弱いものいじめみたいになってしまうからだ。

グローバル化すればそれはひとつの価値基準で物事を見ることを意味する。その価値基準の土台以外の価値基準は文字通り価値のないものとして切り捨てられてゆく。哲学という学問がある。人間誰しも物事の本質を見極めようとすればいつかはここに行き着く。しかしあとになって気づくことがある。自分は日本人なのになぜ西洋の学問にそういうものを求めているのか、という疑問である。

戦後民主主義や進歩的知識人という言葉があった。これらの言葉は、それを批判するために用いられるものだと思うが、その底流にはこのような疑問があるからだと思う。しかし自分にとっては右よりと言われる人々や民族派と呼ばれる人々の論理には到底納得できないのだ。彼らの考え方の根底には戦前の美意識があり、それに合うように言葉を紡いでいるだけで、西洋の価値観に対抗するほどの大風呂敷を敷いているわけではなかったからだ。

今移民を推進しているのは資本の要請だ。左翼としてはこれには抵抗しなければならない。資本がほしいのは低賃金労働者であり、自由などといったとしてもそれは仮の姿でしかない。しかしこの論理に対抗するとすれば、それはひとつの価値基準ではダメだ、というしかないと思う。

なぜひとつの価値基準でダメなのかといえば、それはその価値基準の土台に上らない人を切り落とすことであり、そして何より、そんなの面白くないよ、と言えるからだ。

話がばらばらになってしまったが、今は産経新聞のみがこのような主張のできる可能性のある唯一の媒体であると思う。

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