現在日本の低成長という現実を前にあらゆる人がイノベーションという言葉を口にしている。口でいくら言ってもイノベーションなど起こせないというもっともらしい意見とともにそれでもそれを支援する体制は重要だなどとして日銀などでも取り組みを始めている。

イノベーションとは技術革新などと訳されて、それは生産性の質的量的向上の原動力であり、それが成長をもたらすというものである。しかしこういった発展というものには前提が必要なのである。

発展するための前提の一つは歴史的な保存である。過去に対する認識なしにはそれが発展であるのか停滞であるのかが分からない。しかし歴史的な保存を行うといった場合、それは何の歴史を保存するのかという問題が起こる。どちらが正史でなのかと言う問題は常に起こってきた。これに対して一部の人たちの主張は簡単で、自分たちの見方が正しいのだからそう感じない人間はあきらめろ、希望を捨ててゼロから考えろという強引なやりかたである。こういう言い方に納得できるほど人間は単純にはできていないから必ず抵抗されると言う形をとり、発展のための共通の前提を持つことができなくなる。つまりは日本とはどうあるべきなのかという共通の前提が必要なのである。

日銀の白川総裁は人々が未来に対して希望を持てるようにすることが大事だと言うのはそういうことだと思うが、現在の日本の言論は各々自分の立場を主張するのみになっている。共通の前提がある上でのそういった言論ならいいが、それなくしてそういう争いは完全な分離になってしまう。だから今は誰しもが他の主張との根源的な違いを理解する努力が必要になってくる。

その一つの壁になっているのが経済学である。経済学は人間の行動をともなう学問にもかかわらずこういったことを一顧だにしなかった。これを越える視点がまず必要になる。もう一つはマスメディアであるが、現在はインターネットの不朽でその影響力は小さくなり、それが絶対的基準であるという了解はなくなっている。

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