需要がないとよく言われる。最初は言っている人が多くなかったが段々に増えていき今では政治家も日銀総裁もそういう発言をしている。そしてこの需要というのは有効需要、すわなちカネがないという含みを持たされていることが多い。というのは現実が供給過剰状態だからである。

労働白書でも格差が問題視され、その解消が必要みたいな感じだったと思う。これは間違ってはいないと思うが、それはただ前提であって、それによって経済が好転するかは別問題だ。

つまり供給過剰と言っても、その供給はもはや必要ないと思われているかもしれないと言うことだ。このことを判定する手段はなく、経済が回復したあとになって見返してみて初めて分かることだし、その道程によっては結論は違ったものになる可能性もある。

こういった過剰供給が必要とされていないということになり、それが淘汰されていくとなるとすれば、新しい供給が出てこなくてはならなくなる。それが民間から出せないのであれば、それを国がやるか、あるいは労働時間を減らして縮小させるか、という選択になる。

アメリカですらオバマは環境開発やエネルギー分野にたいして国が積極的に進め、アメリカ人の雇用によってそれをまかなうことを公言している。

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